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東京高等裁判所 昭和52年(う)1858号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年六月に処する。

原審における未決勾留日数中一五〇日を右の刑に算入する。

押収してあるゴム印一個(昭和五二年押第六六一号の一)、角印一個(同号の二)、丸印一個(同号の三)及び約束手形一通(同号の七)の偽造部分はいずれもこれを没収する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人小林健二の提出した控訴趣意書に、これに対する答弁は検察官中野林之助の提出した答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

これらに対し当裁判所は次のとおり判断する。

一〈略〉

二しかし、所論に鑑み職権をもつて検討すると、〈証拠〉によれば、松原は、一一月二二日頃かねて知り合いの前記松尾から電話で、三菱信販と聖教新聞社の共同振出にかゝる額面二〇億円、支払期限昭和五二年五月二五日の約束手形があるが、割引いてもらえないかとの依頼を受け、更に翌日聖教新聞社の代表者として管理局長曾根原敏夫が振出名義人となつていることや手形番号等の詳細についても連絡を受けたところ、同人は古くからの創価学会の会員であつたことから、同学会の組織を通じ同学会機関紙である聖教新聞社について手形振出の真偽を調査しようと考え、同月二五日同学会関西センターを通じ曾根原に確めたところ、そのような約束手形振出の事実はない旨の返答を受けたので、翌二六目上京し直接曾根原と面談の結果、同新聞社はかつて約束手形を振出したことはなく、本件手形は偽造であることを確信するに至つたので、偶々翌二七日前記加藤の計らいで被告人に紹介されたのを機に更に約束手形の内容を被告人から問い質し、確認のため約束手形の現物を見せてもらうことゝし、同月二九日前記ホテルエコーオーサカにおいて本件偽造の約束手形の呈示を受けたことを認めることができるから、前示のように、被告人は本件偽造にかゝる約束手形を真正なもののように装つて松原に呈示した際、松原はそれが偽造されたものであることを知つていたことが明らかであるところ、偽造有価証券行使罪の保護法益が有価証券に対する公共的信用を確保し、取引秩序の安全を保護することにあり、従つて行使とは当該偽造有価証券を真正なものとして偽造であることの情を知らない相手方に呈示する等その内容を認識させ、又は認識しうる状態におくことをいうものと解すべきであるから、その偽造であることの情を知つている者に対し、そのことを気付かず真正を装つて呈示する等行使の行為をした場合は行使の実行行為は完了するが、法益侵害の結果を生せず、行使罪の構成要件を充足するに至らないので、未遂に止るものと解するのが相当であるから、被告人の松原に対する本件偽造約束手形の呈示も偽造有価証券行使未遂罪を構成するものというべきであるところ、原判決はこれにつき、同行使罪の既遂の事実を認定し、その旨の法令を適用しているから、原判決には判決に影響を及すべき重大な事実の誤認があり、ひいて法令適用の誤りを犯したものであり、破棄すべきものといわなければならない。

三よつて、弁護人のその余の控訴趣意(量刑不当)についての判断を省略し、刑訴法三九七条一項、三八二条、三八〇条により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書に従い、当裁判所において次のとおり自判する。

原判決挙示の各証拠および当審公判廷における被告人の供述を総合し次の事実を認める。

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和五一年一〇月一四日頃それまで殆ど活動していない三菱信販株式会社の代表取締役となつたが、亡佐藤興一(昭和五二年二月八日死亡)、油谷至康と共謀のうえ、右三菱信販株式会社と聖教新聞社の共同振出の約束手形を偽造してこれを割引に出し、金員を得ようと企て、同年一一月一四日頃、大阪市東住吉区矢田枯木町一一一番地の右油谷方において、行使の目的をもつて、勝手に、手形番号AR三五九〇八、支払場所株式会社東海銀行新橋支店、振出人東京都港区東新橋一丁目二番二六号三菱信販株式会社代表取締役村沢務と印刷された手形用紙の振出人欄右横の空白部分に、共同振出人として予て用意した「東京都新宿区信濃町一八番地聖教新聞社管理局長曾根原敏夫」と刻したゴム印(昭和五二年押第六六一号の一)を押捺し、その名下に同様用意した「曾根原」と刻した丸印(同号の三)を押捺したうえ、右ゴム印の印形の上に同様用意した「聖教新聞社印」と刻した角印(同号の二)を押捺し、同月二八日項前同油谷方において、右手形用紙の金額欄にチエツクライターを使つて「¥2,000,000,000」と記入し、支払期日欄に「52.5.25」と記入し、もつて、額面を二〇億円、支払期日を昭和五二年五月二五日とする三菱信販株式会社と聖教新聞社の共同振出にかゝる約束手形一通(同号の七)の偽造を遂げ、同月二九日、大阪市阿部野区阿部野筋一丁目四番七号のホテルエコーオーサカ二階コーヒーシヨツプ内において、東こと松原美知男に対して右偽造にかゝる約束手形を真正に成立したもののように装つて呈示しこれを行使しようとしたが、右松原は、当時前記曾根原と連絡して右約束手形の偽造であることを確認していたゝめ、行使の目的を遂げなかつたものである。

(法令の適用)

被告人の判示所為中、有価証券偽造の点は刑法六〇条、一六二条一項に、偽造有価証券行使未遂の点は同法六〇条、一六三条二項、一項にそれぞれ該当するところ、有価証券偽造の罪と同行使未遂の罪とは互に手段結果の関係にあるから同法五四条一項後段、一〇条により一罪として犯情の重い有価証券偽造罪の刑で処断することとするが、被告人の本件犯行は信用の厚い著名な宗教団体の機関紙の発行会社の名を騙り、高額の約束手形を偽造し、行使しようとしたものであつて、有価証券の信用を害し、また関係者個々人にも多大の迷惑を及した悪質な犯行であり、しかも被告人は、昭和四八年八月一〇日東京高等裁判所において有印公文書偽造、同行使、有印私文書偽造、無印私文書偽造、同行使、詐欺の罪により懲役三年、五年間刑執行猶予の判決を受け、現にその猶予期間中に類似の犯行をなしたことに照すと、被告人の刑責は重いというべきであるが、幸に実害が生じなかつたこと、現在深く反省していることその他幼少の子供二人を抱え病弱の妻が困窮した生活を余儀なくされていること等の事情を考慮し、所定刑期の範囲内で被告人を懲役一年六月に処し、同法二一条に従い、原審における未決勾留日数中一五〇日を右の刑に算入し、なお押収してあるゴム印一個(昭和五二年押第六六一号の一)、角印一個(同号の二)丸印一個(同号の三)は判示有価証券偽造の犯行に供したもので被告人以外の者に属せず、また約束手形一通(同号の七)の偽造部分は判示有価証券偽造の犯行から生じたもので何人の所有をも許さないものであるから同法一九条一項二号、三号、二項によりいずれもこれを没収することとし、主文のとおり判決する。

(小松正富 千葉和郎 鈴木勝利)

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